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原子力事故の経済コスト
放射性物質の環境内放出を招く原子力事故の経済コスト
はじめに
IRSNは、放射性物質の環境内放出を招く原子力事故の経済コストについて、数年前から調査研究を行っている。この文書はその成果の幾つかを紹介している。
20121月に発表された原子力発電関連産業部門のコストに関する会計検査院の報告書[1]はこの調査研究に言及しており、201211月にはブリュッセルで開催されたEurosafeフォーラムで総括的なプレゼンテーションも行われた[2]
目次
·         調査研究の出発点
·         2つの事故シナリオの経済コスト
調査研究の出発点
米国では、講じる措置の費用対効果評価が経営側の文化の一部となっている。原子力分野でこのアプローチを採用する場合には、事故コストを評価するとともにその発生確率に関する仮説を選定することが特に必要となる。
世界的規模の最初の事故コスト評価はチェルノブイリ大事故の後を追って1990[3]に米国で発表され、原子力事故の理解に定性的な飛躍をもたらした。確率論的安全研究に由来する事故確率評価を採用する米国は、費用対効果分析に関する教義を徐々に固めることになった。この教義は新たな知見が蓄積されるにつれて進化を遂げ続けている。
フランスの場合、安全強化を目的とする変更措置についてEDFから提案された『費用対効果』アプローチの評価をASNIRSNに依頼したのは2005年である。この専門家評価の一環として、IRSNは事故コストに関する独自の研究を進めようとした。
それまで、原子力事故のコストは、機動的な危機管理の展望の下で、放射性放出物の健康及び農業面の影響を評価する『影響』アプローチに基づき評価されるのが一般的であった。従って、放射性物質の放出、国土への拡散、そして発生した放射性堆積物の評価から、消費に不適となった食糧の数量を評価し、次いでこれらの食糧の価格を単に計算することで事故のコストを計算していた。このアプローチでは、放射能がなければ影響はなく、従ってコストも発生しないことになる。
どのコストも無視してはならない
これに対して、経済アプローチは原子力事故の影響を全て網羅するリストを作成し、対応するコストを評価することを推奨する。一部のコストはベクレルに全く対応しないこともある。
重要なのは、明白なコスト要素はどれも無視しないことである。さもなければ事故のコストは過小評価され、ひいては予防の価値が過小評価されるはずである。
こうしてIRSNは、数年を費やしフランス固有の特徴に適応化した原子力安全課題の経済アプローチの基礎を構築した。得られた結果がきっかけで、特に規制の歴史に関する違いが大きいにも拘らず、米国のこの分野の専門家との意見交換が行われ、IRSNの研究の質が確認された。
米国で特に採用されているアプローチは『サイト外』の放射線コスト、すなわち直接的な放射線影響とこれを軽減するため講じられる措置、実質的には食糧消費禁止策のコストを評価する[4]IRSNは、これらの要素の他に、主要4種類のコストを選定する必要があると判断している。すなわち、
  • 特に原子炉喪失、サイトの除染費用、等々に関係する『サイト内』放射線コスト。
  • 風評被害コスト、すなわち流通業者又は消費者のボイコット(『スペイン産胡瓜』症候群)による全く健全な食糧又は消費財の不売について想定すべき経済損失、フランスでは特に重要な部門である観光業への甚大なマイナス影響、そして他の輸出の減少。
  • 問題視され、様々な関係方面(政治、諸機関、国際的圧力、等々)から新たな要件が表明されることで生産低下を余儀なくされる原子力発電所全体に対する副作用のコスト(cf. 日本の現状)。
  • 高レベル立入禁止区域)又はより低いレベル監視又は制限条件付きで居住する汚染区域の汚染地域における生活条件や社会経済ファクタの変更に関連するコスト。
これ以外にもまだ別のコストがあり得る.....
2つの事故シナリオの経済コスト
評価を構築するため、IRSNはフランスの原子炉の中でも典型的な原子炉(900 MWe)に関する、それなりに深刻な放射能汚染を引き起こす数種類の事故シナリオの影響を評価した。これらのシナリオの影響は、福島の事故が例証したように環境影響の広がりに重要な役割を果たす現実的な気象条件を想定し評価した。こうした評価から、放射性物質の放出を伴う多岐にわたる原子力事故を代表する事故コストの対価を推定することができる。
IRSNの評価は、主流の2種類の原子力事故を区別する必要があることを示している。2種類の事故は何れも炉心の溶融を伴うが、その影響の範囲は大きく異なる。
用語上の約束事として、『シビア』アクシデントは放射性物質の大量放出を伴うが、放出は一部フィルタを経由し遅れて発生する一方で、『大規模』事故はフィルタを経由しない大量放出を招く。2種類の事故とも、放出はそれなりに重大、気象条件はそれなりに有利で、それなりに大きなコストを招く。
数字はフランス全土を想定して計算されている。これらの値は、事故が発生した地域やEUの観点から見ると異なるものと思われる。
シビアアクシデントのコスト
IRSNが実施した評価に依れば、代表的なシビアアクシデントは約1,200億ユーロ(500億から2,400億ユーロの範囲)の総コストを発生させると思われる。
全国的規模の災害である。損失はフランスの年間国内総生産の約6%に相当する(フランスの年間国内総生産は平均で2兆ユーロである)。この数字は、エリカ号の沈没(1980年)、AZFプラントの爆発(2001年)或いはメキシコのゴルフ湾のBP採油プラットホームの火災(2011年)に伴うコストに比べると遥かに大きい。
この種の事故の場合、純粋に『放射線に因る』コストは全体(汚染地域の管理を含めたサイト外の放射線コスト)の20%未満と推定される。『放射線避難者』(最も深刻な汚染地域からの避難者)の数は凡そ数千人[5]と見られており、フランスなどの国が連帯努力で乗り越えることができそうな状況である。
放射性物質の放出は事故の起因事象からある程度遅れて発生することから、住民やサイト内の作業員の保護措置を講じることができるはずで、健康影響は制限されると考えることができる。しかしながら、世論への影響が大きく、公衆への情報提供や管理面で高い能力が必要になると思われる。
大規模事故のコスト
対照的に、大規模事故は異なる性質の災害をもたらすと思われる。放射線影響だけに係わるコストは1,600ユーロを超えると、即ち先述のタイプのシビアアクシデントの合計コストを凌ぐと推定される。従って、汚染範囲は拡大し、大量の放射線避難者を引き受けなければならない。立入り禁止区域の住民は転居を余儀なくされ、その数は凡そ十万人規模[6]と推定される。
先述のシビアアクシデントのケースと違って、電離放射線被ばくに直に起因する住民の健康影響は大きいと思われる。汚染地域及び立入り禁止区域の管理は長期に及ぶ課題となり、周辺国もまた汚染や産品への不安から影響を受けると思われる。心理的影響が甚大であると推定される。最終的に、放射線影響がこの事故の総コストの40%までを占めると考えられる。
より漠然としており国の活動全体に波及するその他のコストは経済』コストと見ることができよう。その主なものとして風評被害コスト(例えば観光収入の損失、又は一部の非汚染産品の輸出減に伴う収入喪失)や発電に係わるコストを挙げることができよう。風評被害コストは1,600億ユーロを凌ぎ、放射線コストと同規模であると思われる。メディアの報道によって、事故後の直近だけでなく、毎年事故発生日の前後でも風評被害がより顕著となり、関係する経済活動及び人的活動やこうした活動で生計を立てている人達の収入にとって悪影響がいつまでも続くものと推定される。
結局、大規模事故のコストは、フランスの年間国内総生産を20%強上回る4,300億ユーロ強と推定される。2つの影響が結びつき、国は持続的で大きなトラウマを負うことになる。領土の一部の深刻な放射線影響、大規模な経済損失、そして国際的な影響に同時に対処していかなくてはならない。EUにも影響が波及し、災害の記憶が長期間歴史に刻まれることになると思われる。
 
億ユーロ
%
『サイト内』放射線コスト
80
2 %
『サイト外』放射線コスト
530
13 %
国土の汚染
1,100
26 %
発電所への影響
900
21 %
風評被害コスト
1,660
39 %
合計(概算)
4,300
100 %
事故コストをより良く知って、その影響の管理を改善する
原子力事故コストのこうした巨額評価は、当然ながら、原子力発電所における運転員の能力や施設の安全の維持及び改善に注がれている不断の努力によってこの種の事象の発生確率が極めて低いことと照らし合わせる必要がある。
一般的に言って、こうした評価研究結果を手にするメリットは、この種の事故のコストがどの程度になるかをより良く把握するだけでなく、それを活用してリスク管理方法の最適化を図ることでもある。会計検査院の主任評定官Michèle Pappalardo夫人の説明通り、「異なる事故シナリオの推定コストによって、我々はこのコストを補填する事業者の民事責任保険の代替品の評価方法を提示することができた。IRSNの最新の評価は、こうした評価方法が原子力発電コストに関する考察に有用な概算額を提示できることを明らかにしている」。
2005年の原子力安全機関の要求を受けてIRSNが独自に行った評価は、原子力安全分野の専門家評価というその使命に対応している。Patrick Momalは次のように結論している。「極端なケースは発生の確率が非常に低いとはいえ、国にとって大きな課題である。予防行動を適切に調整するには、現象の範囲全体を考慮する必要がある」。
参考資料:
 


[1]会計検査院の報告書を閲覧のこと。
[2] 201211月のEurosafe Forumで発表されたPatrick Momal及びLudivine Pascucci-Cahenの論文、「放射性物質の大量放出は管理された放出と大いに異なる」を閲覧する。
[4]不動産価値の下落、並びに事故原子炉消失の直接的な地元への影響である電気料金の一時的な値上がりも評価対象となるはずである。
[5]サイトや気象条件により0から10,000人の中央値をとって約3,500人と推定される。
[6]ここに記される立入り禁止区域とは、(チェルノブイリ事故後にウクライナで立入り禁止区域を画定する際に採用された汚染レベルである)約500 kBq/m2を超えるレベルのセシウム137で汚染された区域を言う。許容線量レベルを踏まえて画定された福島第一原子力発電所周辺の立入り禁止区域も同様の放射線レベルに対応している。避難者10万人という数字は、フランスの3箇所のサイトについて中央値で割り出した数の平均値を丸めた数値である。
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